僕の吃音がたった2ヶ月で治った方法とは?

吃音者としての人生【中〜高校編】

いっちー

こんにちは!
吃音お悩み解決ブロガーのいっちー(⇒プロフィール)です!

今回から2回にわたって、僕の吃音者としての人生をお話ししていきます。

今回は人生の中で一番多感な時期である、中学〜高校生の時の話をしていきます。

多くの人が、周囲との人間関係に敏感になったり、いろんなことに悩む時期だと思いますが、僕もたくさんのことに悩んできました・・・

どんな子供だったのか?

僕の少年時代の性格を一言でいうと、“気難しい子”でした。

基本的にはシャイで、内気なんだけど、同級生に何かで負けるのは嫌で、でも先輩には可愛がられたくて・・・

めんどくさい子供ですよね。(笑)

感情にも波があって、すごく明るくてよく喋るときもあれば、不機嫌でふてくされているときもある、

多感な時期と言われますが、僕はまさに、色んな性格、人格が共存しているようなそんな感じでした。

学校生活

そんな僕ですが、学校生活は比較的楽しむことができていました。

勉強もクラスの中ではそこそこできたし、入部した野球部では1年生の時から試合に出させてもらっていました。

ひとつ上の兄がいたこともあり、兄の友達から「弟」と可愛がってもらえて味方がたくさんいて心強かったことを覚えています。

中学2年生の頃には初めて彼女ができました。

同じクラスの少しギャルっぽい可愛い子だったんですが、

その子に放課後に呼び出されて行ってみると、「付き合ってくれませんか?」と告白されました。

これはすごく嬉しかったです!(僕が奥手すぎて3ヶ月で振られてしまいましたが!笑)

吃音を意識した部活動

野球の練習や試合、人間関係は楽しかったのですが、僕には嫌なことがありました。

それは声出しの練習です。

中学や高校の部活(特に野球部)ではよくあるんですが、練習の一環として声出しをします。

僕の所属していた野球部では、グラウンドの端に監督と先輩が立って、そこまで聞こえるくらいの大きな声で、自己紹介をするということをしていました。

これ、吃音者には地獄なんですよ。。

いっちー

い、・・い、い、1年1組の・・・


こんな喋り方になってしまい、クスクス笑われたのを覚えています。

それ以外にも日替わりで練習はじめの挨拶をしていた時もあり、

「き、き、気をつけ、礼!」

とどもりを連発してしまいました。

楽しかったはずの野球が、吃音の症状によって徐々に苦しいものに変わってきました。

人間関係

兄や先輩のおかげもあり、幸運にも人間関係には恵まれていました。

学校や部活以外に学習塾にも通っていたので、そこでも友達を作ることができ、孤独に悩むようなことはありませんでした。

自分で言うのもあれですが、小さい頃から努力家で、野球の練習も勉強も人より一生懸命取り組んでいたので、「頑張り屋さん」と周りから褒めてもらえることもあり、人間関係は割と良好でした。

しかし、僕には内気や、人の顔色を過剰に伺ってしまうクセがあったので、どこか「自分を出せない」ことに悩むようになりました。

吃音の症状もあったので、「なんで俺だけ」「みんなは楽しそうなのに」と、自分と相手を比較して落ち込むことも増えていったのです。

この頃から僕は、人間関係に大きなコンプレックスを感じるようになるのです・・・

そして高校生に

高校も地元の学校に通うことにして、部活も同じく野球部に入ることにしました。

中学の頃よりも周囲も大人になっており、大学のこと、就職のことを考える年頃で、悩みはさらに複雑なものに。

野球部も中学の頃のような緩い雰囲気ではなく、甲子園を目指す、ガチの厳しい環境に変わっていました。

実は僕は高校生の頃に楽しい思い出ってあまりなくて。(笑)

苦しい思い出の方が圧倒的に多かったです。。(泣)

野球では実力が及ばなかった

中学では常にレギュラーで、チームの主力として活躍していましたが、高校では競争が激しくなり、ベンチにも入れないことがしばしば・・・

ガチガチな上下関係も当時の僕には窮屈で。

「練習行きたくないなあ」

「早く引退したいわ」

そんな思考が巡っていました。

古典の授業である事件が

高校2年生のある日。

古典の授業で「これ読んでみて」と先生に指名されました。

「た行」から始まる文章だったのですが、

僕は強烈に「た行」が苦手でして。嫌な感情が一気に押しよせてきました。

いっちー

・・・・、た、た、・・・・


なんと1分以上言えず、沈黙の時間が続いたのです。

当然教室中がざわつき、クスクス笑っている人もいました。

その時の僕の感情がわかりますでしょうか?

もう恥ずかしく、情けなくて。。。

「寝てから何かわからんかったわ」

適当に誤魔化しましたが、僕の心に大きな傷を残した出来事でした。

進路を決める時

3年生になり、卒業後の進路を決める時がやってきました。

野球部の仲間は消防士や、地元の企業に就職する人が大半でしたが、僕は大学生活に大きな憧れを抱いていたので、大学に進学することを決めました。

野球部を引退した夏以降、なんとか勉強を頑張って、神戸の私立大学に合格。

地元を離れて生活することになりました・・・

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