僕の吃音がたった2ヶ月で治った方法とは?

吃音者としての人生【大学編】

いっちー

こんにちは!
吃音お悩み解決ブロガーのいっちー(⇒プロフィール)です!

前回は、僕の【中学〜高校】の話をしました。

中・高と勉強、野球、人間関係をそれなりに楽しんできました。

しかし、吃音や性格の影響で徐々に楽しめなくなり・・・

高校卒業後は、地元を離れ神戸の大学に通うことに。

吃音者としての人生【中〜高校編】

地元を離れて一人暮らしをすることに

僕には地元を離れたい2つの理由がありました。

地元を離れたかった理由
  1. 窮屈だったから
  2. 新しい環境で人生をリスタートしたかったから

窮屈だったから

僕の地元は田舎町で、そこにいたら先の人生はなんとなく見えていました。

  • ある程度決まった仕事内容
  • 想像の範囲内の人生
  • 変わり映えしない毎日

「家の近くの市役所とかどう?通勤も楽だし、お金もたまるよ」

なんてよく家族に言われましたが、僕は全く魅力を感じることができませんでした。

先の見えた人生、今までの延長線上の人生を送ることに僕は窮屈さを感じていました。

新しい環境で人生を再スタートしたかったから

窮屈さともう一つ。

僕が地元を離れたかった理由が、「今までの自分と決別したかったから」です。

✔︎ 吃音で恥をかいていた自分

✔︎ 打ち解けれなかった人間関係

そんな自分と決別したかったのです。

今までの僕のことを何一つ知らない人達がいる環境に行って、そこで一から人生を創っていきたい、そう強く感じていたのを覚えています。

「人生をリスタート」なんて言うとカッコ良く感じますが、言ってみればただの大学デビューですよね。(笑)

地元を発つ前日にパーマを当てて新鮮な気分で意気揚々と向かいました。

地元を離れてどう変わったのか

「新しい自分で生きる」ことを強く決意していたので、最初はすごく頑張りました。

とにかく明るく自分から話しかけたり、色んなサークルの体験会に参加したりしました。

その努力の甲斐あって、

✔︎初日の説明会ですぐに友達ができた

✔︎入学式も授業も友達と参加

✔︎5人くらいの仲のいいグループができる

✔︎ワイワイしたサークルに入会

楽しく充実したキャンパスライフにまっしぐらな感じでした。

性格は簡単には変わらない

しかし・・・

1ヶ月経過したころから、徐々に異変が起き始めました・・・

それまで楽しかった人間関係や、サークルの活動が、徐々に億劫に感じ始めたのです。

思えばこういうことって以前にもあった気が

過去の似たようなこと
  • 明日はクラスの子と楽しく喋ろうと思っていても当日になるとなぜかできない
  • その日は楽しく喋れても、翌日になるとまた緊張してしまう

昔から自分はそういう性格だったことを思い出しました。

「新しい自分で生きる」と意気込んで勢いがあったのは始めだけで、その勢いは1ヶ月も続きませんでした・・・

僕の「大学デビュー」は失敗に終わったわけです。

吃音の影響はどうあったのか

吃音が大学生活の様々な場面で影響を与えました。

主に、バイト、授業、サークルの3つです。

  1. バイト
  2. 授業
  3. サークル

バイト

大学1回生の5月からバイトを始めることにしました。

家の近くの鉄板焼き屋に面接を受けにいき、そこでバイトをすることが決まりました。

初めてのバイトって飲食店を選ぶ人が多いような気がするんですけど、僕も「飲食店ってなんか楽しそう」そう思って選びました。

しかし実際に働き始めると・・・

出来事

  • いらっしゃいませ」が言えない
  • 「○名様ご来店です」が言えない
  • 従業員ともうまく喋れない

安易に飲食店を選んだことを早々に後悔しました・・・

また、僕が選んだバイト先は、大学生のバイトの集まりで、ギャル、イケてそうな奴らが集まっていました。

すでに仲のいいグループができており、僕はその輪の中に入れず、居心地の悪い時間を過ごすことを余儀なくされていました。

料理を運ぶ時に

いっちー

や!や、や、焼きそばお持ちしますぅ


派手にどもったことがあり、店長や社員に笑われてからかわれたこともありました。

バイトの時間は本当に苦痛でした。。

授業

授業を受けていて驚いたのが、大学でも先生に当てられることがある、ということ。

大学の講義って、先生が黙々と喋って学生は聞くだけみたいなイメージを持っていたので、びっくりしましたし、「今までと一緒じゃねーか」と苛立ちを覚えました。

先生

じゃあこの問題、市川さんお願いします。

いっちー

えっと、えー、〇〇です。

なんとか切り抜けていましたが、「いつかまた言葉が出なくなってしまうかもしれない・・・」

そんな恐怖を常に抱えていました・・・

サークル

バイトや、授業の件もあり、サークルでも喋ることや人付き合いが億劫になっていました。

徐々にサークル活動に行く頻度が減っていき・・・

たまに顔を出すと新しいメンバーが加わっていて、グループが出ていました。

その光景をみると、

う俺の居場所はないかもしれない・・・

そう感じ、結局サークルも2ヶ月ももたずに辞めてしまいました。

どう乗り越えたのか

大学生活が始まって早々に壁にぶち当たっていた僕ですが、時間がたつにつれて生活が徐々に改善されていきました。

改善のきっかけになったのは次の2つです。

改善になったきっかけ
  1. ラクロス
  2. コンビニバイト

偶然の出会いで始めたラクロス

あることがキッカケで、“ラクロス”というスポーツを始めることになりました。

ラクロスについては話すと長いので、ここでは触れませんが、

“スポーツを始めたこと”が当時の僕にはすごく良い影響を及ぼしました。

一番良かったのは、

“言葉以外で自分を表現できたこと”

喋るのが苦手でも、身体を動かしてアピールして、ハイタッチしたり、円陣を組んだり、一緒にトレーニングしたり、そういった“言葉以外のコミュニケーション”が僕の日常を少しづつ良い方向に変えていきました。

また、ラクロスは野球と同じチームスポーツなので、たくさんの仲間ができ、絆を深めることができました。

頼もしくて面白くて優しい先輩、心を許せる同期、可愛い後輩、多くの人とのつながりが、当時の僕に心の平安をもたらしてくれました。(本当に感謝。)

コンビニバイト

苦痛だった鉄板焼き屋を辞めて、ラクロス部の同期が働いているコンビニで働かせてもらうことにしたのですが、この選択が本当に良かった。

仲のいい同期がいて心強かったし、同期の友達ともすぐに仲良くなることができたのです。

優しいオーナーや主婦の方にも助けられ、吃音の症状が出ることはあったものの、以前のような居心地の悪さを感じることは全くなく、気持ちよくいることができました。

そのおかげでコンビニバイトは卒業するまで3年以上続けることができました。

将来について

3回生の終盤になってくると就職活動を本格的に開始。

「自分の好きなことを仕事にしたい」

そう思って当時ハマりにハマっていたファッションを、仕事にしようと決めました。

アパレル会社一本に絞って就職活動をし、面接で苦労することはあったものの、何とか現在の会社に内定をもらいました。

そして卒業後、アパレル会社でショップスタッフとして働くことに。

しかし、そこでもまた大きな苦しみに直面することに・・・

吃音があった僕が接客業を続けた理由

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